2026年9月19日に行われた愛知・名古屋アジア大会の開会式で、俳優の戸田恵子さんが「君が代」を独唱しました。
白を基調とした着物姿で披露された国歌独唱には、「歌声が美しい」「素晴らしかった」といった声が上がる一方、SNSではある部分の歌い方にも注目が集まっています。
それが、
「さざれ石」の途中で息継ぎをしたように聞こえた
というものです。
「さざれー(ブレス)いしのー」と歌うのではなく、「さざれ石の」まで一息で歌うのが正しいのでは?という指摘が相次いでいるのです。
戸田恵子さんの歌い方は間違っていたのでしょうか。
今回は実際に何が話題になっているのか、「君が代」の歌詞や楽譜も確認しながら、「さざれ石」の息継ぎについて調べました。
戸田恵子がアジア大会開会式で君が代を独唱
2026年9月19日、名古屋市のパロマ瑞穂スタジアムで第20回アジア競技大会(愛知・名古屋2026)の開会式が行われました。
開会式では地元・愛知にゆかりのある著名人が多数登場。
その一人として国歌独唱を担当したのが、愛知県出身の俳優・戸田恵子さんでした。
戸田さんは着物姿で登場し、国旗掲揚に合わせて「君が代」を独唱しました。
戸田さんといえば俳優や声優としての印象が強い人もいるかもしれませんが、もともとは歌手として芸能界入りした経歴も持っています。
開会式でも堂々とした歌声を披露しました。
ところが放送後、SNSでは歌唱力とは別の部分が話題になりました。
「さざれ石」の息継ぎが話題に
戸田恵子さんの君が代斉唱。「さざれー(息継ぎ)、石のー」は、と歌われたが、これは日本語として誤り。 「さざれ石」という一つの単語を分断して息継ぎしてはならない。 「さざれー石のー」を息継ぎなしに歌いあげるのが、正しい歌唱。69歳の戸田さん、学校で教わらなかったのかな。 https://t.co/CyLM4qpbu7
— rose garden (@rosegarden0925) September 20, 2026
注目されたのは、「君が代」の中でも特に音域が上がる、
「さざれ石の」
という部分です。
戸田さんは、
「さざれー」
と伸ばしたあとに息を吸い、
「いしのー」
と続けたように聞こえました。
これに対してSNSでは、
「さざれ石は一つの言葉だから途中で切らない」
「学校では『さざれ石の』まで一息で歌うと習った」
「さざれと石の間でブレスしないよう教わった」
といった声が上がりました。
ピアニストの小原孝さんもXでこの話題に触れ、「音楽的に難しい部分」としたうえで、歌唱力のある人には「さざれ石の」をブレスなしで歌ってほしいという趣旨の投稿をしています。
一方、
「歌としてきれいなら問題ないのでは」
「そこまで厳密に批判する必要はない」
など、戸田さんを擁護する意見も見られます。
では実際のところ、どちらが正しいのでしょうか。
「さざれ石」とは一つの言葉
まず歌詞の意味から考えてみます。
君が代の歌詞は、
「君が代は
千代に八千代に
さざれ石の
巌となりて
苔のむすまで」
となっています。
この「さざれ石」は「細石」と書き、小さな石、細かな石を意味する言葉です。
つまり、
「さざれ」+「石」
という別々の言葉ではなく、
「さざれ石」で一つの言葉
として扱われています。
そのため日本語としての意味を大切にするのであれば、「さざれ」と「石」の途中で区切らない方が自然だという考え方には理由があります。
文部科学省が公開している教科書関連資料でも「さざれ石」と一まとまりの言葉として扱われ、児童向けに「さざれ石」の写真や説明を掲載する工夫がなされています。
「さざれ石」は息継ぎしてはいけない?
ここが今回のポイントです。
「さざれ石」が一つの言葉であることと、
「途中で息継ぎすることが公式に禁止されている」
ことは別問題です。
今回、文部科学省などの公的資料も確認しましたが、「さざれ」と「石」の間では絶対にブレスしてはいけない、と定めた公式ルールまでは確認できませんでした。
1999年に制定された「国旗及び国歌に関する法律」では、君が代の歌詞と楽譜が定められています。
しかし、歌唱時の呼吸位置まで法律で規定しているわけではありません。
したがって、
「戸田恵子さんの歌い方は国歌として間違い」
とまで断定するのは少し行き過ぎでしょう。
より正確には、
歌詞の意味やフレージングを重視する歌唱では「さざれ石」を切らずに歌うことが望ましいと考える人が多い
ということになりそうです。
なぜ「さざれ石」で息継ぎしたくなる?
では、なぜプロでも「さざれ」と「石」の間で息継ぎすることがあるのでしょうか。
実際に君が代を歌ってみると、この部分の難しさが分かります。
「千代に八千代に」から曲が進み、
「さざれー」
で旋律が大きく上昇。
そこから、
「いーしーのー」
と高い音域が続きます。
つまり「さざれ石の」を一息で歌おうとすると、十分な呼吸量と安定した発声が必要になります。
さらに国歌独唱の場合、テンポをゆっくり取り、音を長く伸ばす歌手も少なくありません。
テンポが遅くなるほど必要な息の量は増えます。
大きなスタジアムで、一人で国歌を歌うという緊張感も加わります。
そのため、「さざれ」の後にブレスを入れて、その後の高音を安定させるという歌唱上の判断が行われることは十分考えられます。
実は以前から何度も話題になっていた
興味深いことに、「さざれ石の途中で息継ぎしていいのか?」という議論は今回初めて起きたものではありません。
過去の国歌独唱でも、歌手が「さざれ」と「石」の間でブレスを入れるたびに、同様の議論がたびたび起きています。
一方で、「さざれ石の」まで一息で歌うことを評価する声も以前からあります。
つまり今回、戸田恵子さんだけが特殊な歌い方をしたというより、
「君が代独唱で昔から議論になりやすいポイントが、アジア大会という大舞台で再び注目された」
と考える方が実態に近いでしょう。
学校ではどう習う?
ここは息継ぎしないと小学校で習ったけどそんなに大事だったんか
— ふなっぴ🐥@楽天ROOM (@funapippi0511) September 20, 2026
やっぱりちゃんと先生の話は聞いとくもんだな🤔 https://t.co/eGvyydnJWI
SNSで目立つのが、
「学校で『さざれ石の』まで一息と習った」
という声です。
実際、音楽の授業や合唱指導では、歌詞の意味を考えてフレーズを区切ることがあります。
「さざれ石」が一つの言葉である以上、その途中で切らずに歌うよう指導された経験を持つ人がいるのは不思議ではありません。
ただし、全国すべての学校でまったく同じブレス位置を教えているとまでは今回確認できませんでした。
「自分はそう習った」という経験と、「国がその歌い方を唯一の正解として定めている」という話は分けて考える必要があります。
まとめ…戸田恵子の歌い方は間違いだった?
今回確認できた情報を整理すると、
「明確な間違いだった」と断定することはできません。
「さざれ石」は一つの言葉なので、日本語の意味や歌のフレーズを考えれば、途中で切らずに「さざれ石の」まで歌う方が自然だという考え方には十分な根拠があります。
一方で、「さざれ」と「石」の間でブレスをすること自体を禁止する公的な規則があるわけではありません。
さらに君が代は、この部分で音域が上がり、ゆったりしたテンポで独唱すると息のコントロールも難しくなります。
そのため戸田さんがどのような意図でブレスを入れたのかは本人にしか分かりませんが、歌唱上の呼吸として選択された可能性も考



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