2026年の高校野球界で、最も注目を集める投手の一人が横浜高校の織田翔希(おだ・しょうき)投手です。
自己最速はなんと157キロ。
さらに2026年夏の甲子園では、日南学園戦で球場表示156キロを計測。春夏を通じた甲子園の球場表示最速として報じられ、一躍全国的な注目を集めました。
しかも織田投手は、いわゆる中学硬式のエリート街道を歩いてきた選手ではありません。
中学時代は福岡県北九州市の足立中学校の軟式野球部でプレーし、そこから横浜高校へ進学しています。
さらに調べると、母親が体づくりのために食事面で徹底的に支えてきたことや、NPBだけでなくメジャーリーグ球団のスカウトまで視察していることも分かりました。
今回は、
「織田翔希 中学 父 母 メジャー 身長」
というキーワードを中心に、2026年8月現在の最新情報をまとめてみました。
- 織田翔希のプロフィール!身長は186cm
- 織田翔希の中学は北九州市立足立中学校
- 中学3年で軟式143キロ!
- なぜ中学で硬式ではなく軟式だった?
- 母親は祐子さん!息子の体を作った食事がすごい
- 大好物は母の唐揚げ
- 横浜高校への進学を聞いた母は「え!?横浜って?」
- 織田翔希と母のLINEが印象的
- 父親はどんな人?
- 兄弟はいる?
- なぜ福岡から横浜高校へ?
- 2026年に157キロ!高校生離れしたストレート
- 甲子園で156キロ!歴史を塗り替える
- 3回戦でも4回無安打7奪三振
- 織田翔希はメジャーに行く?
- MLBを含む16球団が視察
- ドラフト1位はほぼ確実?
- 投球は速球だけではない
- 中学143キロから高校157キロへ
- 「親孝行」を大切にする織田翔希
- まとめ
織田翔希のプロフィール!身長は186cm
まずは織田翔希投手の基本プロフィールを見てみましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 織田翔希 |
| 読み方 | おだ・しょうき |
| 生年月日 | 2008年6月3日 |
| 年齢 | 18歳(2026年8月現在) |
| 出身地 | 福岡県北九州市 |
| 高校 | 横浜高校 |
| ポジション | 投手 |
| 投打 | 右投げ右打ち |
| 身長 | 186cm |
| 体重 | 80~81kg前後 |
| 出身小学校 | 北九州市立足立小学校 |
| 出身中学校 | 北九州市立足立中学校 |
| 自己最速 | 157km/h |
最新の選手名鑑では186cm、80kg、日刊スポーツでは186cm、81kgと紹介されています。計測時期による違いでしょう。
高校野球ドットコムでは、長身だけでなく肩や肘のしなやかさ、精神面も含めて2026年度の高校生トップクラスの右腕と評価されています。
まだ18歳ですから、プロ入り後にさらに体が大きくなる可能性もありそうですね。
織田翔希の中学は北九州市立足立中学校
織田翔希投手の出身中学校は、
北九州市立足立中学校
です。
福岡県北九州市で育ち、足立小学校1年生の時から「足立クラブ」で野球を始めました。
小学生時代には西日本大会に出場し、「北九州サンデー選抜レッドスターズ」でもプレーしています。
そして足立中学校へ進学。
ここで興味深いのは、ボーイズリーグやリトルシニアなどの硬式クラブではなく、学校の軟式野球部でプレーしていたことです。
現在の高校野球では、全国屈指の強豪校へ進む選手の多くが中学硬式出身です。
その中で公立中学校の軟式野球部から横浜高校のエースになった織田投手の経歴は、かなり珍しいと言えるでしょう。
中学3年で軟式143キロ!
もっと驚くのが、中学時代の球速です。
織田投手は足立中3年時に、
軟式球で最速143キロ
を記録していました。
さらに全国中学校軟式野球大会にも出場しています。
中学生で140キロを超えるだけでも珍しいですが、それを軟式球で記録していたことになります。
つまり、横浜高校で突然速くなったのではありません。
中学生の時点ですでに、
「全国レベルの剛腕」
としての片鱗を見せていたわけです。
なぜ中学で硬式ではなく軟式だった?
「これほどの投手なら、なぜシニアやボーイズに入らなかったの?」
と疑問に思う人も多いようです。
実際、ネット上では「成長期の故障リスクを考えて軟式を選んだ」とする情報もあります。
ただし、今回調べた範囲では、織田投手本人や両親がその理由を明確に語った大手メディアの記事は確認できませんでした。
そのため、
「故障を避けるために軟式を選んだ」
と断定するのは避けた方がよさそうです。
確かなのは、足立中の軟式野球部で143キロを投げ、全国大会まで進み、その後横浜高校でも問題なく硬式球へ適応したという事実です。
中学軟式出身でも、日本トップクラスの高校球児になれることを証明した選手と言えるかもしれません。
母親は祐子さん!息子の体を作った食事がすごい
これまで織田翔希投手の両親については「一般人のため不明」と紹介する記事も多くありました。
しかし2026年8月、日刊スポーツが母親を取材しています。
母親は、
祐子さん(43歳)
です。
そして、現在186cm・80kgを超える織田投手の身体づくりには、お母さんの努力が大きく関わっていました。
祐子さんによると、織田投手は幼い頃から細身だったそうです。
そこで中学生になると、
- 米をしっかり食べさせる
- ネットで栄養について調べる
- 食事を取るタイミングまで工夫する
- 一度に食べさせるだけでなく食事回数を増やす
など、かなり細かく栄養面を考えていたといいます。
休みの日には、ほぼ一日中何かを作っていたほどだったそうです。
単に「たくさん食べなさい」ではなく、
どうすれば成長期の体に必要な栄養を取れるのか
まで調べていたのですから、かなり熱心ですよね。
幼少時、甲子園の中継を見ながらバットを振る横浜、織田翔希
— 白雲⚾ (@nabiku_YH) August 7, 2026
=外部提供 ※ご家族提供
細い!!https://t.co/o5zccHthif
大好物は母の唐揚げ
そんな織田投手が今でも帰省すると真っ先にお願いする料理があります。
それが、
お母さん特製の唐揚げ
です。
みりんとしょうゆで漬けた、少し甘めの味付けなのだそうです。
150キロを超える速球を投げる「怪物右腕」ですが、実家へ帰れば母の唐揚げを楽しみにしている18歳。
こうした一面を知ると、少し親近感も湧きますね。
横浜高校への進学を聞いた母は「え!?横浜って?」
織田投手は福岡県北九州市から、遠く離れた神奈川県の横浜高校へ進みました。
意外にも、この進学について母・祐子さんは最初から想定していたわけではなかったそうです。
本人から横浜高校へ行くと聞いた時には、驚きと寂しさが大きかったと明かしています。
それでも、
本人が決めたことだから止めなかった
という母親。
高校生で実家を離れ、全国屈指の名門野球部へ飛び込む決断を尊重したわけですね。
そして現在は、野球だけでなく礼儀や言葉遣いまで大きく成長した息子の姿を喜んでいるそうです。
織田翔希と母のLINEが印象的
2025年夏の甲子園。
横浜は準々決勝で県岐阜商に敗れ、織田投手は涙を流しました。
心配した祐子さんが、
「次があるよ」
とLINEを送ると、織田投手から返ってきたのは短い返事だったそうです。
母親には、それだけで「大丈夫だ」と分かったといいます。
普段あまり弱音を吐かない息子だからこそ、短いやり取りでも気持ちが伝わったのでしょう。
そして翌2026年。
織田投手は最後の夏、再び甲子園へ戻ってきました。
父親はどんな人?
一方、父親についてはどうでしょうか。
ネット上では、
「父親も高校球児だった」
「父親は横浜高校のファン」
「松坂大輔の時代から横浜高校に憧れていた」
といった情報が複数見られます。
特に「1998年の松坂大輔投手の活躍を見て横浜高校ファンになった」というエピソードが紹介されることがあります。
しかし今回、新聞社や横浜高校など信頼性の高い一次情報を中心に確認したところ、父親の名前・年齢・職業や、これらのエピソードを直接裏付ける記事までは確認できませんでした。
したがって現段階では、
父親について詳しいプロフィールは不明
とするのが安全でしょう。
なお、横浜高校への進学について母親は「本人が決めた」と話しています。少なくとも「父親に言われて横浜へ行った」と単純に考えるのは違うようです。
兄弟はいる?
兄弟姉妹についても調査しましたが、信頼できる公表情報は見つかりませんでした。
そのため、
兄弟・姉妹の有無は不明
です。
家族は一般の方ですし、高校生選手でもあるため、本人や家族が公表していない情報まで推測で広げる必要はないでしょう。
今後ドラフトやプロ入りをきっかけに家族インタビューが増えれば、明らかになる可能性はあります。
なぜ福岡から横浜高校へ?
織田投手の経歴で気になるのが、
なぜ北九州から横浜高校へ進んだのか
という点です。
福岡県にも九州国際大付、東筑、西日本短大付、福岡大大濠など全国レベルの高校があります。
それでも織田投手は神奈川の横浜高校を選びました。
高校進学について本人が最終的に決断したことは、母・祐子さんの証言から確認できます。
そして、その選択は大きな飛躍につながりました。
高校1年春からベンチ入り。
2年春にはセンバツ優勝。
2年夏は甲子園8強。
そして3年生となった2026年には157キロを記録し、ドラフト1位候補として注目されるまでになっています。
2026年に157キロ!高校生離れしたストレート
織田投手最大の魅力は、何と言ってもストレートです。
2026年7月24日の神奈川大会準決勝・慶応戦。
初回に156キロを計測すると、2回には、
157キロ
を2度記録しました。
しかも、ただ一球だけ全力で投げて157キロを出したわけではありません。
この試合では序盤から150キロ台を連発。
報道では、直球の多くが150キロを超えていたとされています。
「最速157キロ」という数字以上に、
150キロ台を継続して投げられる
点が、プロのスカウトから高く評価されているようです。
甲子園で156キロ!歴史を塗り替える
そして全国に衝撃を与えたのが、2026年8月14日の甲子園・日南学園戦でした。
1-1の6回。
無死二、三塁というピンチからリリーフ登板。
横浜は打者を申告敬遠して満塁策を選びます。
その状況で織田投手が投じたストレートは、
156キロ。
さらに155キロで見逃し三振を奪い、続く打者を二ゴロ併殺。
無死満塁を無失点で切り抜けました。
この156キロは、球場表示で春夏を通じて甲子園最速として報じられました。
それまで155キロを記録していた元仙台育英の由規さんも、織田投手の投球を「衝撃」と表現しています。
単に速いだけではなく、
最大のピンチで最速級のボールを投げられる精神力
も、織田投手の魅力でしょう。
無死満塁のピンチで156km計測
— 高校野球(凡人組) (@Lzxyosk) August 14, 2026
バケモンすぎる織田翔希wwwww#高校野球 #甲子園 pic.twitter.com/Zvfry8AbKc
3回戦でも4回無安打7奪三振
そして8月16日の霞ケ浦戦でも存在感を見せました。
6回から登板し、
4回
無安打
無失点
7奪三振
1四球
というほぼ完璧な内容。
この日の最速は154キロでした。
特に7回と9回には、それぞれ3者連続三振。
横浜が5-2で勝利し、準々決勝進出を決めています。
甲子園では、織田投手がブルペンに現れたりマウンドへ向かったりするだけでスタンドがざわつくほどの存在になっています。
もはや高校野球ファンにとって、
「織田翔希がいつ出てくるのか」
そのものが試合の見どころになっている印象です。
織田翔希はメジャーに行く?
検索では、
「織田翔希 メジャー」
というキーワードも注目されています。
では、本人は高校卒業後に直接メジャーリーグへ行くのでしょうか。
現時点で、
「高校卒業後すぐにMLBへ挑戦する」
と本人が表明した事実は確認できません。
そのため、メジャー挑戦が決まっているわけではありません。
ただし、MLB側が織田投手を見ているのは事実です。
MLBを含む16球団が視察
157キロを記録した慶応戦には、
NPB12球団+MLB4球団
の少なくとも16球団のスカウトが集まったと報じられています。
MLBではドジャースなどの名前も挙がっています。
さらに甲子園の日南学園戦にも、ドジャースやメッツなど日米のスカウトが視察したと報じられました。
つまり、
「メジャー挑戦が決まっている」のではなく、「メジャー球団からも将来性をチェックされている」
という状況です。
これは大きな違いですね。
ドラフト1位はほぼ確実?
もちろん日本のプロ球団からの評価も非常に高くなっています。
慶応戦を視察したスカウトからは、
「高校生のレベルではない」
「1位でなければ獲得できない」
といった趣旨の高評価が相次いでいます。
ベースボールチャンネルも織田投手を、
ドラフト1位候補
として評価しています。
ただしドラフト会議はまだ行われていないため、「1位指名確定」「○球団競合」と断定することはできません。
それでも2026年夏時点では、
高校生投手の最上位候補
と見るメディアが多いことは間違いなさそうです。
投球は速球だけではない
157キロばかりに目が向きますが、織田投手は単なる速球派ではありません。
持ち球には、
- ストレート
- スライダー
- カーブ
- チェンジアップ
- フォーク
があります。
特に高校野球ドットコムは、カーブについて高い回転と大きな落差があり、速球をさらに生かしていると評価しています。
霞ケ浦戦では150キロ台だけに頼らず、140キロ台の速球や変化球を織り交ぜて三振を量産しました。
今後プロで先発投手として活躍することを考えると、この「速球以外でも打ち取れる」という部分はかなり重要になりそうです。
中学143キロから高校157キロへ
織田投手の成長を数字で見ると、そのすごさがよく分かります。
中学3年時には軟式で143キロ。
横浜高校では1年時から140キロ台後半。
2年春のセンバツでは152キロ。
そして高校3年夏には157キロまで到達しました。
もちろん球場によってスピードガンには多少の違いがあります。
それでも、中学時代から継続して球速を伸ばしてきたことは明らかです。
母・祐子さんによる食事面のサポート、横浜高校でのトレーニング、そして本人の努力が重なり、現在の186cm・80kg超の体格と157キロにつながったのでしょう。
「親孝行」を大切にする織田翔希
織田投手を知るうえで印象的なのが、
「親孝行」
という言葉です。
日刊スポーツは、織田投手が今でも好きな言葉として「親孝行」を挙げていると紹介しています。
北九州で体づくりを支えてくれた母。
高校生の息子を遠く神奈川へ送り出した家族。
そんな家族への思いを持ちながら、甲子園の大観衆の前で150キロ台を連発しているわけですね。
「怪物」「ドラフト1位候補」と呼ばれる投手ですが、その原点には家族の支えがありました。
まとめ
今回は横浜高校の織田翔希投手について、中学、父親、母親、メジャー、身長などを調べました。
織田投手は2008年6月3日生まれの18歳。
福岡県北九州市出身で、北九州市立足立小学校から足立中学校へ進み、中学では学校の軟式野球部に所属しました。
中学3年時には軟式球で最速143キロを記録し、全国大会にも出場。
その後、北九州を離れて横浜高校へ進学し、1年春からベンチ入りしました。
現在の身長は186cm、体重は80~81kg前後。
母親は**祐子さん(43)**で、中学時代には栄養を調べながら食事を作り、一日何度も食事を用意するなど身体づくりを支えてきました。
今でも織田投手の大好物は、母親が作る甘めの唐揚げなのだそうです。
父親については、高校野球経験や横浜高校ファンだったという情報がネット上にはありますが、現時点で確実なプロフィールを確認できないため詳細は不明です。
そして2026年夏。
神奈川大会で自己最速157キロを記録すると、甲子園の日南学園戦では球場表示156キロを計測し、春夏を通じた甲子園最速として報じられました。
さらにNPB12球団だけでなく、複数のMLB球団も視察。
現段階でメジャー挑戦を表明しているわけではありませんが、日本だけでなく米国のスカウトからも注目される存在になっています。
中学軟式の143キロ右腕が、わずか数年後には甲子園で156キロを投げるドラフト1位候補へ。
まだ高校3年生です。
これからどこまで球速を伸ばし、どんな投手へ成長していくのか。
2026年ドラフトだけでなく、その先のプロ野球、さらには将来的なメジャー挑戦まで期待したくなる投手ですね。



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