JRAの現役最年長ジョッキーとして活躍してきた柴田善臣(しばた・よしとみ)騎手が、2026年9月15日に現役引退を発表しました。
年齢は60歳。
1985年のデビューから40年以上にわたり第一線で騎乗し、JRA通算2341勝、G1・9勝を挙げた名騎手です。
検索すると、
「柴田善臣 復帰」
「柴田善臣 G1」
「柴田善臣 息子」
「柴田善臣 現在」
「柴田善臣 横山典弘」
「柴田善臣 若い頃」
など、さまざまなキーワードが浮上しています。
また、2000年の高松宮記念ではキングヘイローを悲願のG1制覇へ導き、同馬を管理していた坂口正大元調教師も今回の引退に際して「もう少しジョッキー柴田善臣を見ていたかった」と惜しみました。
なぜ柴田善臣騎手は60歳で引退することになったのでしょうか。
復帰を断念した理由やG1勝利、キングヘイローとの関係、横山典弘騎手との関係、若い頃から現在までの経歴、そして引退後について調べました。
柴田善臣が60歳で現役引退
柴田善臣騎手が電撃引退
— netkeiba (@netkeiba) September 15, 2026
42年のジョッキー人生に別れ
歴代6位のJRA通算2341勝
▼記事を見るhttps://t.co/asCEnxBjcn
JRAは2026年9月15日、柴田善臣騎手が現役を引退すると発表しました。
本人から騎手免許取消の申請があり、
2026年9月18日付
で騎手免許が取り消されます。
さらに、
9月16日:美浦トレーニングセンターで引退会見
9月18日:騎手免許取消
11月1日:東京競馬場で引退式
という予定も明らかになりました。
柴田騎手は1966年7月30日生まれ。
2026年7月30日に60歳の誕生日を迎え、JRA現役最年長騎手となっていました。
柴田善臣はなぜ引退?理由は右肩の負傷
今回最も気になるのが、
「なぜ引退したのか?」
でしょう。
大きな理由となったのが右肩の負傷です。
柴田騎手は2026年4月12日の福島競馬場での騎乗を最後に、右肩の負傷によって長期休養へ入りました。
その後は懸命にリハビリを続けていましたが、実戦復帰には至りませんでした。
60歳という年齢だけを理由に突然引退したわけではなく、
現役続行を目指してリハビリ
↓
60歳の誕生日
↓
復帰を目指す
↓
実戦復帰はかなわず
↓
9月15日に引退発表
という経緯だったわけです。
「柴田善臣 復帰」が検索される理由
サジェストには、
「柴田善臣 復帰」
が出ています。
これは引退発表以前、柴田騎手が右肩負傷からの復帰を目指していたためでしょう。
特に注目されていたのが、
「60歳でJRAのレースに騎乗できるのか」
という点でした。
柴田騎手は7月30日に還暦を迎えましたが、その時点では休養中。
結局、復帰することなく引退が決まり、**JRA所属騎手として初となる「還暦騎乗」**は実現しませんでした。
「もう一度乗ってほしい」と復帰を待っていた競馬ファンが多かったことが、「復帰」という検索にも表れているのかもしれません。
柴田善臣の最後の騎乗はいつ?
柴田騎手が最後に騎乗したのは、
2026年4月12日の福島競馬
でした。
その後、右肩の負傷によって休養。
結果としてこの4月12日が騎手・柴田善臣の最後の競馬開催日となりました。
サジェスト画像に見える「柴田善臣 412」も、現在の検索状況を考えると、この**「4月12日」**を調べている可能性があります。
最後の勝利は59歳6カ月2日
そして最後の勝利はさらに印象的です。
2026年1月31日の東京5R。
柴田騎手はリッツパーティーで勝利しました。
この時、
59歳6カ月2日
でした。
これは自身が持っていたJRA最年長勝利記録をさらに更新するものとなり、結果的に柴田善臣騎手の最後のJRA勝利となりました。
60歳での勝利こそ実現しませんでしたが、
59歳で中央競馬を勝った騎手
という記録を残してムチを置くことになります。
柴田善臣の通算成績がすごい
40年以上にわたる柴田騎手のJRA通算成績は、
2万2311戦2341勝
重賞96勝
G1・9勝
です。
2341勝は、引退発表時点でJRA歴代6位。
歴代では武豊騎手、横山典弘騎手、岡部幸雄元騎手、福永祐一元騎手、蛯名正義元騎手に次ぐ記録です。
一時代のトップジョッキーというだけではなく、JRA史に残る数字を積み重ねた騎手だったことが分かります。
柴田善臣のG1勝利は9勝
サジェストにも、
「柴田善臣 g1」
が出ています。
柴田騎手が初めてG1を制したのは1993年の安田記念。
騎乗馬はヤマニンゼファーでした。
同年にはヤマニンゼファーとのコンビで天皇賞・秋も制覇。
その後も1996年のNHKマイルCをタイキフォーチュンで勝つなど、JRA・G1で通算9勝を挙げています。
そして多くの競馬ファンの記憶に残っているのが、
キングヘイロー
でしょう。
キングヘイローを悲願のG1馬にした柴田善臣
2000年3月の高松宮記念。
柴田騎手はキングヘイローに騎乗しました。
キングヘイローは高い能力を評価されながら、皐月賞、日本ダービー、菊花賞などでG1タイトルへ届かずにいた馬です。
しかし柴田騎手とのコンビで挑んだ高松宮記念では、中団から末脚を伸ばし、最後は首差で勝利。
キングヘイローにとって悲願のG1初制覇
となりました。
今回の柴田騎手の引退を受け、当時キングヘイローを管理していた坂口正大元調教師も、
「G1馬にしてくれたのが柴田善臣騎手」
という趣旨で感謝を語っています。
坂口元調教師によれば、柴田騎手は1999年の東京新聞杯で初めてキングヘイローに乗った際から、その能力を高く評価していたそうです。
キングヘイローの競走生活を振り返るうえでも、柴田善臣という騎手は欠かせない存在だったのです。
柴田善臣と横山典弘の関係は?
サジェストでは、
「柴田善臣 横山典弘」
も検索されています。
2人は長年、関東競馬を支えてきたベテランジョッキーです。
柴田騎手は1966年7月30日生まれ。
横山典弘騎手は1968年生まれで、年齢も近い世代です。
1990年代半ばから2000年代にかけては、
柴田善臣
横山典弘
蛯名正義
田中勝春
らが関東を代表するトップジョッキーとして活躍しました。
柴田騎手が引退すると、現役騎手のJRA通算勝利数でも、2341勝の柴田騎手より上にいる現役は武豊騎手と横山典弘騎手という状況でした。
長年同じ関東を拠点に戦ってきた「同時代の名手」といえるでしょう。
柴田善臣の若い頃は?競馬学校1期生
「柴田善臣 若い頃」もサジェストにあります。
柴田騎手はJRA競馬学校騎手課程の第1期生です。
1982年に競馬学校へ入学。
同期には、
岩戸孝樹さん
武藤善則さん
石橋守さん
須貝尚介さん
ら、後に調教師としても活躍する人物がいました。
1985年3月に騎手デビュー。
初勝利は同年4月のイズミサンエイでした。
デビュー1年目から12勝を挙げ、その年の新人トップ。
新人賞にあたる民放競馬記者クラブ賞も受賞しています。
つまり若い頃から将来を期待された騎手でした。
2002~04年は3年連続で関東リーディング
柴田騎手の全盛期を象徴する記録があります。
2002年
2003年
2004年
と3年連続で関東騎手リーディングを獲得しました。
さらに優秀騎手賞は10回。
フェアプレー賞も11回受賞しています。
派手なパフォーマンスで注目を集めるというより、
安定した騎乗技術とクリーンな騎乗を長期間続ける
タイプの名手だったことが数字にも表れています。
「相談役」と呼ばれる理由は?
柴田善臣騎手について競馬ファンの間でよく見かけるのが、
「相談役」
という呼び方です。
これは単なるネット上のニックネームだけではありません。
柴田騎手は2005年3月から2010年9月まで日本騎手クラブ会長を務め、その後は同クラブの相談役として運営に携わってきました。
長年騎手社会を支えてきた立場から「相談役」という呼称が競馬ファンにも定着しました。
2022年には現役騎手初の黄綬褒章
柴田騎手のキャリアを語るうえで外せないのが黄綬褒章です。
2022年春、中央競馬の発展や畜産業の振興への長年の貢献が認められ受章。
JRAの現役騎手として史上初
でした。
同年には56歳3カ月7日でJRA最年長勝利記録を更新し、JRA賞特別賞も受賞しています。
その後も記録を更新し続け、最終的には59歳6カ月2日まで最年長勝利記録を伸ばしました。
柴田善臣の息子は騎手?
サジェストには、
「柴田善臣 息子」
もあります。
ここは検索需要がある一方、注意したいところです。
柴田善臣騎手の家族についてはさまざまな情報がネット上にありますが、今回確認したJRAや主要競馬メディアの引退報道では、息子がJRA騎手として活動しているという情報は確認できませんでした。
少なくとも、
「柴田善臣の息子もJRA騎手」
という関係ではありません。
同じ「柴田」姓の騎手・競馬関係者を家族と勘違いしないよう注意が必要です。
家族の詳細について本人が広く公表していない部分は、無理に踏み込まない方がよさそうです。
柴田善臣の趣味が意外に多い
柴田騎手のプロフィールで面白いのが趣味です。
日刊スポーツのプロフィールでは、
釣り
ワイン
車
鷹狩り
などが趣味として紹介されています。
特に「鷹狩り」は、ジョッキーの趣味としてかなり珍しく感じます。
競馬場では落ち着いた印象のベテラン騎手でしたが、競馬以外にも多彩な趣味を持つ人物だったことが分かります。
柴田善臣の現在は?引退後はJRAアドバイザー
では、引退した柴田善臣騎手は今後どうするのでしょうか。
すでに次の仕事も発表されています。
JRAアドバイザー
への就任です。
40年以上にわたって中央競馬の第一線で騎乗し、日本騎手クラブ会長・相談役も経験。
その知識と経験を、今後は騎手とは別の立場からJRAへ還元していくことになります。
「競馬界から完全に離れる」という引退ではありません。
11月1日に東京競馬場で引退式
ファンが柴田騎手へ直接別れを告げられる機会も用意されています。
引退式は、
2026年11月1日(日)
東京競馬場
で行われる予定です。
この日は天皇賞・秋の開催日。
40年以上にわたってJRAを支えた名手だけに、多くの競馬ファンが見守る引退式になりそうです。
なお、引退会見は9月16日午前10時から美浦トレーニングセンターで予定されています。
そこで本人から、引退を決断した詳しい理由や右肩の状態、今後について語られる可能性があります。
柴田善臣のプロフィール
柴田善臣の「還暦とん汁」‼️
— 東スポ競馬 (@tospo_keiba) September 3, 2026
9/5(土)〜中山競馬場・東スポ食堂で販売します🐴 pic.twitter.com/UtQH5yQXnz
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 柴田善臣 |
| 読み方 | しばた・よしとみ |
| 生年月日 | 1966年7月30日 |
| 年齢 | 60歳 |
| 出身 | 青森県 |
| 身長 | 164cm |
| 体重 | 53kg |
| 血液型 | A型 |
| デビュー | 1985年3月 |
| JRA通算勝利 | 2341勝 |
| JRA重賞 | 96勝 |
| JRA・G1 | 9勝 |
| 競馬学校 | 騎手課程1期生 |
| 主な騎乗馬 | ヤマニンゼファー、キングヘイロー、ジャスタウェイなど |
| 2026年 | 右肩負傷から復帰できず現役引退 |
| 引退後 | JRAアドバイザー就任予定 |
身長164cm、体重53kgなどのプロフィールも日刊スポーツの引退報道で確認できます。
まとめ
柴田善臣騎手は1966年7月30日、青森県生まれ。
JRA競馬学校騎手課程の第1期生として1985年にデビューし、約40年にわたり中央競馬の第一線で活躍してきました。
JRA通算成績は、
2万2311戦2341勝
重賞96勝
G1・9勝
で、通算2341勝は歴代6位です。
ヤマニンゼファー、キングヘイロー、ジャスタウェイなど数々の名馬に騎乗。
特に2000年の高松宮記念では、なかなかG1へ手が届かなかったキングヘイローを悲願のG1馬へ導きました。
2026年も現役を続けていましたが、4月12日の福島競馬を最後に右肩の負傷で休養。
リハビリを続けたものの復帰はかなわず、7月30日に60歳を迎えた後、9月15日に引退が発表されました。
騎手免許は9月18日付で取り消され、11月1日には東京競馬場で引退式が予定されています。
そして引退後は、
JRAアドバイザー
に就任予定です。
「還暦騎乗」は実現しませんでしたが、59歳6カ月2日までJRA最年長勝利記録を更新し続けた柴田善臣騎手。
キングヘイローを管理した坂口正大元調教師の「もう少しジョッキー柴田善臣を見ていたかった」という思いは、多くの競馬ファンにも共通するものかもしれません。
40年以上にわたる騎手生活は終わりますが、今後はJRAアドバイザーとして、日本競馬を支える新たなキャリアが始まります。



コメント